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インドⅡ~プーナ
 「何でインド?」

インドから帰ると決まってそう訊かれた。何でって言われても、僕にとっては普通のことだったから説明に苦しむ。たぶん本当のことを答えたとしても質問した人が納得する回答とは違うと思うし、「何で?」って訊いた時点でもう分かり合うことは出来そうにないと思った。

「どうだった?」

この質問に対しては「いやー大変でした」だ。これは正直な気持ちで、本当に大変だった。ハードだった。もう一度行きたいか?と言う問いには「絶対に行かない。」だったし、「インドは好きか?」には、「大嫌いだ!」だった。

 なのに何故また行くことになったんだろう?翌年、僕はまたまた3週間の休みを取ってインドへ旅立った。

 インドで出会った人達はいろいろで、旅行者やバックパッカーだけではなく「瞑想」をやりに来たという人が目立った。たまたま詳しく話を聞く機会があって、僕はとても興味を持った。

 帰国してから図書館で調べてみる。インドのプーナに「バグワン・シュリ・ラジーニシ」という人のアシュラムがあって、世界各地から集まってくるらしい。札幌にも集会があった。さっそく行ってみる。仲間内で出してる手作りのガイドブックを買ってきた。その時点で既に行くことのしていた。あー、あんなにきつかったインドにまた行くのか…

 今度はデリーではなく直接ボンベイへ。アラビア海寄りにある高原の町プーナへはこちらの方が近い。バスに揺られ、プーナに着いたのは朝早くだった。直接アシュラムへ行ってみる。もう既に瞑想の時間らしく、中へは入れない。ターバンを巻いた門番に宿を紹介してもらう。まだ寝ていた大家さんをたたき起こし、2週間の家賃を前払いする。そこは「フラット」と呼ばれる形式の宿で、一軒家を部屋単位で貸し出す。僕は一番いい「寝室」だった。もちろん「台所」の人もいるし、「居間」の人もいる。部屋の種類によって値段が違う。もちろん部屋ごとに施錠出来るようになっている。これから2週間、ここからアシュラムに通うことになる。

 病院でエイズ検査をし、受付に申し込み「パス」を作ってもらう。これがないと出入り出来ない。「アシュラム」のイメージから茅葺き屋根でドアもなく吹きっさらしの小屋を想像していたが、まるで大学のキャンパスだ。
 新人向けのツアーがあるというので参加する。英語なので分からないと思うが、ただ見学するだけでもいい。全部で10人位いたが、僕の他にも英語を話さない人もいるようで安心する。それはイタリア人の女の子だった。
メンバーは国籍はまちまち。このアシュラムに来る人達もまたいろいろな国から来た人達であふれている。
どうやら一番多いのはアメリカ人で、あとはドイツ人と日本人。ツアーの途中で日本人に出会う。ツアーコンダクターが「おーい。○○!この日本人に通訳してやってくれ。」と頼んでくれた。「嫌だよ、オレは忙しい。」 見ると、ジャッキーチェンの「酔拳」に出てくる師匠のような風貌の日本人だった。そうは言ったものの、僕を見てかわいそうになったのか付いてきてくれた。

 アシュラム内はメインのダイナミック瞑想を行う巨大なテント張りのスペースを中心に、いくつもの施設がある。ピラミッド、講座の予約センター、通信センター(?)、レストランだけでも3つ位ある。レストランは現金ではなくチケット制。プリペードカードにいくつもの違った数字が書いてあり、その合計がチケットの金額になっている。セルフサービスで、選んだモノをトレイに乗せてレジに持っていくと、そこでカードの数字を料金分マジックで塗りつぶす。伝染病予防の為、一度手に持った物を戻すことは出来ない。

 僕は食事をして、翌日からの予定を考えた。ここではいくつものコースがある。呼吸法を習う「ブリージング」、針の替わりに光を使う「カラー・パンクチャー」、「チベッタン・ヒーリング」、etc…。僕は予備知識が全くなかったのですっかり困ってしまった。別にコースを取らなくても瞑想だけしてもいいんだけど。とりあえず「酔拳の師匠」が取っている「ブリージング」のコースだけ予約した。
 
 僕のアパートからアシュラムまでは結構距離がある。着いた日は朝が早くて、とにかく他に選択肢はなかったのだから仕方がないけど…遠い。僕は自転車をレンタルした。
 ダイナミックメディテーションは朝早いので、僕は毎朝自転車に乗ってアシュラムに通った。たまに通勤途中のインド人が「乗せてくれよ!」って言ってくる。いいよ。二人乗りで走る。ダイナミックメディテーションが終わるとまた自転車で帰った。

 昼間は暇なので、町をうろついたりブラブラした。僕はジョギングの準備をしてきたので、よく隣町まで走った。遠くの町まではバスで行ったが、近郊を探索するにはジョギングがちょうど良い。僕はプーナの町を走り回った。
 ある時大学のキャンパスの前に出た。グラウンドでは陸上の練習をしている。インド人もスポーツをするんだなー、インドと言えば「カバディー」くらいしか知らないし。と思いながら走り続けていると、どこからともなく頭にターバンを巻いたインド人が隣に並んで走っている。インド人のランナー…
 僕らは話をしながらゆっくり走った。すると、相手のペースがちょっと上がる。僕も合わせてちょっと上げる。すると相手も負けじとペースを上げる。ペースはどんどん上がっていった。オイオイ!そんなに上げるなよー。そう思いながらも僕はすっかり日本代表になっていた。相手もインドの国旗を背負って走っている。

日本代表VSインド代表 マラソン対決だ!

 僕は前回、「バックギャモン対決」でフランス代表に敗れ、「チェス対決」ではスウェーデン代表に敗れていた。今日は負けるわけにいかない。

 ペースはどんどん上がり、しまいにお互いに話をしなくなった。もはや全力疾走だ。どちらかが止めない限り終わらない。でもどちらも止めようと言わない。いや、言えない。こまった^^;相手はしぶとい…
しばらくすると見覚えのある風景。おー、あそこを左に曲がれば僕のアパートだ。しめた。「僕のアパートはこっちだから…じゃあね!」。相手は分かったという風に首を振った。僕は手を挙げて挨拶をして左に曲がる。曲がってすぐに横道にそれ、相手から見えないのを確認して止まった。助かった!もう限界だった。恐る恐る通路からもと来た道を覗いてみると、さっきのインド人が前屈みになりヒザに手を当ててゼイゼイ肩で息をしていた。彼も限界だったみたいだ。

「日本代表VSインド代表 マラソン対決」は引き分けに終わった。

 しばらくすると僕はアパートの生活に慣れ、アシュラムにも慣れていった。生活にリズムが出来た。
朝早くダイナミックミディテーションをやり、アパートに帰ってからジョギングをして近くの食堂でサンドイッチを食べる。昼は町を散歩したりアシュラムへいったり、知り合った日本人と話をした。
 ある時宝石屋を冷やかしていたら、彼はヒーラーで、チベッタンヒーリングをやるという。僕はちょうどアシュラムに申し込んだチベッタンヒーリングのコースがキャンセルになったところだった。ちょっと怪しそうだったが、格安でやってくれるというので頼むことにした。

 場所は?と訊くと、お前のアパートだという。怪しい。アパートに行くと、まずシャワーを浴びたいという。え?シャワーですか?まさか、ね。でも怪しい。シャワーから出てきた彼は、お前も浴びてこいと。ははは…。いいでしょう^^;
そして今度はマットを敷いて横になれと言う。えー?初めてだから痛くしないでねっ、て、まじっすか?怪しい。横になった僕はまな板の鯉。もう好きにして。「彼」は僕の頭の方へ行ったり足元へ行ったり忙しく立ち回りながら、「もっとリラックスして」とか言ってる。オイオイ、この状況でリラックスしろと言う方が無理というものでしょう。しまいに、仏壇にあるリンの大きいバージョンを持ち出して、すりこぎみたいな棒でそれをこすって音を出す。なんのこっちゃ。僕は終始冷や汗をかいていた。
 終わった。お尻は痛くない。何事もなかったらしい。彼は「君は緊張しすぎている。日本に帰ったらもっと緊張を解くようなことをすると良い。」だって。そりゃあ、ああいう状況で緊張しない方がおかしい。だいたい日本で緊張出来ないからここに来ているわけで…

 「ブリージング」のコース。知り合った女の子に通訳を頼んだ。ベッドに横になり激しく呼吸を繰り返す。すると過呼吸になる。ハイになり感情が高ぶり、普段見えないものが見える。何が見える?うーん、イタリアのおばさんが僕の上に乗ってる。僕の感情を押し潰そうとしている…何のこっちゃ。僕の体はベッドの中に深く沈んでいるような感じがする。
 アナタハナゼココニイルノ?何故?…わからないよ。アナタハナニヲカンジテイルノ?…僕は…僕はいつも、僕の居場所はここじゃないって感じてた。会社にいても、うちに帰っても…招かれざる客なんだって。僕の居るべき場所はここじゃない…!!

こうして2週間はアッと言う間に過ぎた。

…続く
 



http://noahs-ark-project.blog.so-net.ne.jp/2009-09-12-1

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