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■音楽小説 「あれから」 作 伊東和雄.
2008.10.22。 更新しました。
★ 音楽小説「あれから」を更新しました。
「あれから」のあらすじと本文を簡略に記載しました。
ビッグスターを目指す少年と少女の物語です。
スターを目指して毎日公園で歌う少年。
夢に向かって進む少年を見守る少女。
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■ 目 次
⇒ 1. 音楽小説 「あれから」 あらすじ
作 伊東和雄
2. 小説 「幸せがくる」 あらすじ
3. 小説 「うそつきのいない王国」 あらすじ
4. 短編 「いたずら雲さん」 短編物語
5. 小説 「涙のフォークボール」 あらすじ
■ 音楽小説「あれから」 あらすじ&本文
伊東和雄
1.少年は歌手を目指していた。
曲を作りいい作品ができると駅前、街角や公園で歌った。
少女はレストランを持つ夢を持っていた。
2.少年と少女は共に夢を持っていた。
二人は夢を語り合い互いを応援した。少女はいつも少年を見つめていた。
少年はやがて自分の夢ばかりを追いかけるようになった。
少女の小さな夢など気にしなくなった。少年は町を出て大きな都会に行った。
少年の夢はかなった。そして、三年が過ぎた。
ふと思った。少年は町に戻った。
あの通り、あの角、あの公園、あの店。
少年は少女を探した。もう少女はどこにもいなかった。
3.地方の小さな町の街角で少年はいつもギターを弾いていた。
公園でも弾いた。
少年は歌手を目指した。
ギターで歌いみんなを感動させたかった。
スターになりたかった。
少年の大きな夢だった。
自作の曲、歌が出来るとすぐ街角で歌った。
だが、誰も振り向いてくれなかった。
立ち止まる人もいなかった。
黙って通り過ぎるだけだった。
少女は小さなレストランで働いていた。
夕方と日曜日だけのアルバイトだ。
少女には夢があった。
小さなレストランでおいしい料理、飲み物、ケーキでみんなに喜んでもらいたい。
小さいけれど幸せなレストランを開きたい、と。
ある日少女が公園を通りかかった時に、噴水の前で少年が歌っていた。
最初は何をしているのかと思った。
少年の前には誰もいない。
一人で歌の練習でもしているのかと思った。
でも、観客の前で歌っているような歌い方だ。
あまり上手でない、と少女は最初思った。
しかし、必死で歌う少年にどこか心を魅かれた。
少女は木の陰からしばらく見ていた。
次の日も少年は歌っていた。
やはり誰も聞いている人はいなかった。
公園に入る人は少年の前を通るが誰も少年の歌に注目をしなかった。
少女は木の陰から眺めた。
今日の歌は昨日よりはいい歌だった。
少女は思わず拍手をした。
少年は驚いたような顔をして木に隠れるように立っている少女を見た。
うれしいのか驚いたのか少年はしばらく下を向いて歌った。
声が上ずった。コードも間違えた。
少年は途中で歌をやめた。
少女は近づいた。
少年は有難うと言った。
「ボクの歌に拍手をしてくれたのは君が最初だよ。」
少年はとてもうれしそうに言った。
「いつもこの公園で歌っているのね。」
少女が聞くと「そうだよ。ここはボクのライヴ・ハウスさ。」少年は自慢するように言った。
「すごいわ。」少女は感心した。
「歌手になるの?」少女は聞いた。
「そうだよ。」
少年はきっぱりと言った。
自分の夢を明確に持ち力強く進んで行こうとしている少年を見て少女は感心した。
「この公園に来る連中はジャガイモとニンジンばかりだ。」
少年は怒ったようにつぶやいた。
「ふふ、」少女は笑った。
少年は笑う少女を見て変な顔をした。
「ジャガイモやニンジンは大切よ。」
「???」
少年は少女が何を言っているのか分からなかった。
「いいジャガイモとニンジンがないとおいしいスープは出来ないわ。」
何を言ってるのだろうといった顔をして少女の顔をると少女はまた笑った。
「私も夢が有るの。私は小さなレストランを持ちたいの。そこでおいしいスープ、ステーキ、ムニエル、ケーキでお客さんに喜んでもらいたいの。」
少女は自分の夢を語った。
「へぇ、すごいな。」
少年は料理やケーキなどには興味がなかったので適当に相槌を打った。
「今ね、おじさんのレストランでバイトしているの、今度来てね。」
少女は時計を見た。
「バイトの時間だから行かなくちゃ、さようなら。」
少女は公園の森の奥へと去っていった。
公園の森の中に小さなレストランが有る。
少女はそこでアルバイトをしていた。
少年は歌い終わるとそのレストランに行ってみた。
少し離れた所からレストランを眺めた。
きれいな店だった。
あまり近づくといけないような気がして離れた所から頭をきょろきょろしながら眺めた。
しばらくしておそるおそる入り口に近づいてメニューを見た。
スープやビーフ・シチュー、ステーキ、ドリンクなどが並んでいた。
料金は高かった。
少年は見てはいけないものを見てしまったような気持ちになりそこを足早に去った。
4.少年はもっといいギターが欲しかった。
駅前の楽器店にいいギターが陳列されていた。だが、高かった。
バイトをしようと思ったが、小さな町なのでアルバイトを募集している会社はほとんどなかった。
工場なら多少募集はしていた。
以前工場でバイトをしていた。だがそこの作業で指を痛めた。
重いものを運んだり機械を操作したりするのでどうしても手や指が傷ついた。つめが折れたりした。指を怪我したらギターが弾けなくなる。
工場のバイトはやめた。
本当はCDショップか楽器店でバイトをしたかった。
しかし、どちらも募集はしてなかった。
少女のレストランでバイトを募集していた。
いつものように公園の噴水の近くで歌っていた。
少女がやってきた。
少年は少女に聞いた。「ね、君のレストランでバイトを募集しているの?」
「ええ、募集しているわ。人がいなくて困っているの。週に5日ほど働ける人、土日祝日できる人よ。お昼と夕方よ。誰かいい人いないかしら。」
少女は困ったように返事をした。
「僕ではだめかい?ギターを買いたいのでバイトをしたいんだ。」
「えっ、あなたが?」
少女はうれしそうに言った。しかし、すぐ顔を曇らせた。
「募集しているけどウエイターよ。経験ある?」
募集しているのは経験者だった。即戦力のバイトを募集しているのだった。
「やったことないけど、無理かなあ。一生懸命働くよ。どうしてもギターが欲しいんだ。楽譜もたくさん買いたいし。仕事ができないうちは給料はすごく安くてもいいよ。仕事ができるようになったら普通の給料にしてくれればいいよ。」
少年は何とか雇ってくれと少女に頼んだ。
「いいわ、おじさんに頼んでみる。うちも人がいなくて本当に困っているのよ。」
少年は少女の勤めているレストランでバイトをすることになった。
夕方からラスト8時までだ。
小さなレストランだが料理はおいしくお得意さんが多くいて店はいつも混んでいた。
テーブルは10ほどだが、どうしてもホールに3人必要だった。
少女も働いているが、週に4日ほどしかできない。
ほかにフルタイムのアルバイトがいる。現在はその人と少女の二人しかいない。
土曜日曜は完全に手が足りない。
接客が遅れてお客からいつもクレームがくる。
だから、本当に困っていた。
少年は慣れないウエイターのアルバイトを始めた。ギターの代わりにお皿を持つ日が始まった。
少女が少年に教えた。
一言で言えば簡単なのだが、実際はなかなかうまくいかない。ミスの連続だ。
工場のアルバイトと違ってお客さん相手なのでミスをするとすぐ目の前のお客からクレームや叱責がくる。工場のようにミスをした場合追いかけてすぐ修正するといったことができない。
少女は高校一年の時からアルバイトをしてきているので慣れたものだ。
少女の教え方は上手で丁寧だった。
「仕事は簡単よ。料理を注文したテーブルに運ぶだけ。最初は見ていてください。」
お客が来ると少女は水とメニューを持ちテーブルに行き、注文を聞き、出来上がった料理やドリンクを運ぶ。
その動きはベテランのウエイトレスだ。スムースに仕事をこなしている。
年上のベテランの人と動きは変わらない。
始業前や暇な時に何度もお皿の持ち方やお客に対する言葉遣いを教えてもらったが、実際にやるとなると緊張して全くできない。
少年は顔が赤くなるのが分かった。
「最初は下げ物をやりましょう。」
少女はトレイを少年に渡した。
お客が帰った後にお皿やカップを下げる。テーブルを拭く。クロスが汚れていたらすばやく取り替える。
一番簡単で、お客と接しないので最初にやる分担としてはいい作業だ。
だが、それもなかなか難しい。
お皿を落としそうになったり、水の入ったコップを倒したり、スプーンを落としたりと最初の日に何度もミスをした。
先輩の人は暗い顔をした。
少女はにこやかだった。
「最初は誰でもそうよ。気にしない、気にしない。すぐうまくなるわ。」
少年は少女の動きを見て一生懸命仕事を覚えようとした。
少女の動きはリズミカルだった。
歩き方、手の動かし方、体の曲げ方など滑らかだった。
少女がテーブルに行くと少年の半分の時間でテーブルの上はきれいになった。
テーブルクロスを換える時、少年は悪戦苦闘をする。
しかし、少女はさっと換えてしまう。鮮やかだ。
お客としてレストランや食堂で食事をする時は当たり前に接客のサービスを受けていて何も感じないが、いざ、ウエイトレスなどの仕事を自分がするとなると、なかなか難しい。
最初の一日で少年はひどく疲れた。
「やっていけるかなあ?」
少年はすっかり落ち込んだ。
ギターを弾いたり歌を歌うなら得意だが、ウエイターの仕事などまったくできない。
自分が本当は不器用だということが分かった。
「大丈夫、大丈夫、すぐ慣れるわよ。私も最初はお皿を落として割ったり、コップの水をお客さんの服にかけたりしておじさんに何度も怒られたのよ。ナイフやフォークなど何回も落としていまだに10本ほど行方不明よ。」
少女は優しく少年を慰めた。
次の日も特訓は続いた。
「トレイはこう持ちます。グラスやお皿は中心よりも手前におきます。外側に置くとトレイが傾きグラスや料理のお皿が落ちます。」
「グラスは下の方を持ちます。グラスの上の部分はお客様が口をつけるので絶対に持ちません。触りません。」
「お皿やこう持ちます。親指は使いません。親指の先はお皿の外に出します。親指の根元でお皿を押さえます。親指が料理に触れないようにします。爪はいつもきれいにして短くしておきます。」
少女は丁寧に的確に教えていった。
少女の教え方は非常にうまかった。教えているが言葉が命令口調でない。
すべて「・・・です。・・・します。」「はい、つぎはこれを運びます。」と言った言い方だ。
これは少女の性格だろう。
通常は友達に教える場合でも、ついつい先輩として命令口調なる。
「こうしてね、こうするのよ、違う、違う、こうして。」
「あれやって、これやってね、」となる。
だが、少女はどういうわけかそういった言い方を絶対しない。不思議だ。
「トレイはここ置いといてね。」「この荷物を倉庫に運んでおいて。」と通常は言う。
だが、少女は「トレイはいつもここです。」「この荷物は倉庫に行きます。」と言う。
同じようだが、実は違う。
少女の言葉には命令や指示する口調は全然ない。
道具や備品などの場所、そして、次に移動していく場所を説明しているといった言い方だ。
もちろん、少年はそのことに気がつかない。
気がつかないが、少年は少女から圧迫感をぜんぜん受けない。気がつかないがとても気持ちがリラックスして仕事ができる。
通常どういった会社や工場、店でも先輩が新人に教えるときは、命令口調となる。
100%丁寧に教えても命令口調となる。当然だ。
時には、小姑のごとく口うるさい先輩が箸の上げ下げを注意するがごとくじっと監視する。それが指導や教育だと思っている。どこもそうだ。
普段は親切でいい人が、部下や新人、後輩を持ったとたん、突然小姑のごとくなり、口うるさい命令者となる。
部下は毎日がうっとうしくなる。仕事の能率が下がる。
そういった会社や店では新人はすぐ辞めていく。
少女はそういったことが全然ない。
先天的なのだろう。いい教え方だ。少女の部下となり働く人は誰でもリラックスして仕事ができる。結果として仕事が楽しくなり、やる気が出て仕事を早く覚える。
少年は一生懸命少女の説明を覚えた。
そして、失敗しながら作業を覚えていった。
一週間ほどすると何とかできるようになった。
バイトが終わると掃除が終わった店で少年はギターを出して歌を歌った。
少女はテーブルに座りじっとその歌を聴いた。
観客が少女一人のコンサートだ。
終わると少女は大きな拍手をしてくれた。
「いい歌だわ。きっと大ヒットするわ。」
笑顔でほめてくれる少女の声を聞いていると本当に今すぐにでもヒットしそうに思えてきた。
時間が遅いので2曲ほど歌うと店を出て帰った。
すっかり暗くなった森の小道を二人は並んで歩いた。
少年は少女の横顔を見た。
きれいな顔だ。
少女も少年を見た。
少年はあわてて目をそらした。少し顔が赤くなるのが分かった。
でも、なんだか幸せな気分だった。
少年は高校時代音楽ばかりやっていた。
ロックとポピュラーだ。
女の娘(こ)よりも音楽だった。女の娘たちと学校で楽しく話したりお茶に行ったり、みんなと海に行ったりするといったことは普通にしていた。ガールフレンドは何人かいた。
だが、特定の女の娘と恋人のように付き合うといった気持ちは全くなかった。
頭の中がロックと音楽で女の娘のことなど考えている暇などなかった。
暇さえあればギターを弾きCDを聞き作曲や作詞ばかりしていた。
授業中は作詞と作曲ばかりしていた。
夢は歌手で、作曲家だった。
その夢はすぐに実現すると確信していた。
頭の中は音符ばかりだった。少年の頭の中に女の娘などいる場所はなかった。
森のレストランでアルバイトをしだして、いつも少女といるようになって、少し女性というものを意識し始めた。
夕方、時には朝からいつも少女と一緒に仕事をしていた。
少年の一日の中に少女が一番長くいるようになった。
少年の気持ちが少女の方ばかり向くようになった。
作曲や作詞をしていても、家でギターを弾いていても目の前に少女の顔が浮かぶようになった。
少年は少女を主人公にした歌をいくつも作った。
軽快なラブソングや軽めのロックだった。
作った歌を歌ってみると少し恥ずかしかったが、わりといい歌だった。
レストランではホールは三人しかいないのでどうしても少年と少女はペアで仕事をするようになる。
テーブルのセッティングや片付け、小部屋の予約席のセット、片付けなどもいつも一緒にやった。
テーブルを移動する時は二人で持った。
注意深くテーブルを持つ少女の下を向いた表情に少年は見とれた。
テーブルの方、下を見る少女の目は二重がくっきりと目立ちまつげは長い。
正面から見る少女の顔は幾分丸顔でかわいい顔だが、下を向いた長いまつげの表情はドキッとする。大人の女性の表情だ。
じっと少女を見つめる少年に少女は気がついて、少女もじっと見返した。
「クロスをかけます。」
少女は長いクロスの端を少年に投げた。
二人はクロスの両端を持ちながら八人掛けのテーブルのセッティングをした。
「もう少しこっち、もう少し右、もう、少し・・・。」
仕事のリードは少女だ。
少年は少女の言うとおりにクロスを動かした。
少女と一緒に仕事をする少年は言いようのない幸福感を味わった。
この状態で、彼女との仕事をいつまでも続けていけるなら、楽しいだろう。
少女の表情、手や足、体の動きをぼんやり見ながら少年は思った。
「さあ、終わったわ。ね、食事をしましょう。」
今お客は二組だけだ。
先輩のウエイトレスもいる。
少女はすばやく少年をキッチンの中に誘った。
「チーフ、いただきます。」
少女はそう声をかけて鍋からカレーをすくった。
二人分盛りひとつを少年に渡すと、しゃがみこんだ。夕食だ。
しゃがむと完全に客席から見えない。
二人はキッチンのガス台の間でカレーを食べた。
狭い場所で体を寄せ合って、顔をくっつけるようにしてビーフカレーを食べた。
「おいしい、」少女は満足そうに食べた。
確かにおいしい。しかも少年の皿にはビーフが4個ほど入っている。
柔らかくてとろけるようだ。カレーはスパイスもきいていて、少年にとって初めて食べる高級な味だ。
家で食べるカレーとは段違いだ。
「うまいよ、最高だ。」少年は少女にささやいた。
「そうでしょう。」少女はうれしそうに答えた。
「もうひとつお肉いらない?」少女は自分の皿から肉をスプーンにすくい少年に渡そうとした。
「いいよ、いいよ、」少年はびっくりして遠慮した。
顔が赤くなるのが分かった。
「遠慮深いのね。」少女はその肉を自分で食べた。
レストランでバイトを始めてから少年が一番接するのは少女となった。
他の友達やガールフレンドたちとはめったに会わなくなった。
バイトの場所が比較的値段の高いレストランなので少年の友人たちは金銭面で来ることなどできなかった。
逆に言えば少女にすれば少年を一日中独占できることとなった。
少女もだんだんと少年に魅かれていった。
最初公園で見かけた時は、一人で黙々とギターを弾いている孤独なギター少年と言った感じで格好いいと思っただけだった。
正直言って少女は音楽や歌はあまり得意でなく少年の歌う歌がいいのか悪いのかよく分からなかった。
また少年の作曲した歌がどの程度のレベルかといった事も分からなかった。
なんとなくいいとは思った。
ただ、一生懸命応援しようと思っていた。
夜片付けの終わった店で椅子に座り少し離れた所で台に立ち歌う少年の歌を聞いている時は少し感動する。本当のコンサートやライブのような感じだ。
二人でアルバイトをしていると少年を独占しているといった気持ちとなった。少しうれしい気分だ。
二人ともだんだんと好きになっていった。
平日の三時ごろは二人一緒に休憩をとることができる。
平日なら三時ごろは店も暇になる。
ベテランの人がいるのでそれで大丈夫だった。
時にはおじさんがホールを一人でやる時もある。
そういった時は二人は森の池のベンチに座って話しながら過ごした。
「私、早くレストランを持ちたいの。」
少女は夢を語った。
少女の父は隣の駅の近くに使ってない事務所のような家を持っていた。
そこを少し改装すれば小さなレストランとなる。駅前だし近くにレストランはないので繁盛するはずだ。
少女は高校一年の時からそういった計画を持ちレストランの料理やウエイトレスの勉強のためにおじさんの店でバイトをしてきた。
そして、アルバイト代はすべて貯金してきた。
もうすでに小さな店なら出せるほどの貯金をしている。父も母も資金面で応援してくれると約束してくれている。
料理も高級なものはまだまだ作れないが、ちょっとした料理ならできる腕前となっている。
もし、少年が少女の作ったハンバーグ、パスタ、オムレツ、牛肉のソテーなどを食べた場合、そのうまさに驚くはずだ。
ファミレス程度の味の店ならすぐにでも開店できる。
パフェ類、ケーキ類も得意だ。
少女の夢は夢でなく現実寸前のことだった。非常に着実な計画だ。
まじめで堅実な性格だからだ。
「すごいなあ、」
少年は感心した。
そして、立派だと思った。
少年も夢を持ち必死で歌を作っている。客観的に見ていい歌をたくさん作っている。歌もうまいと自信を持っている。音楽仲間の間でも歌は一番うまいと言われている。
しかし、少女のようにすぐに夢が実現する状態かと言われると、はっきり言って遠い遠い夢だった。本当に夢の状態だった。
今までレコードメーカーや音楽プロダクションに何度も歌や作曲した作品を送っている。
全部没だ。返事すら来ない。
自信が有ったのに、ショックだった。
少年は日々をけだるい挫折感の中で生きていた。
夢を語る少年の目は輝き表情も話も輝くが、では、いつ実現するのかと聞くと、少年はうつむいてしまう。
夢はいくつも語れるが現実的なスケジュールは何一つなかった。
少女とは大きな違いだ。
少女は無理すれば、半年後にレストランをオープンできる状態だ。
少女は夢の中でなく現実の中を歩いている。
少年は夢の中をさまよっている。もがいている。
今すぐにでも開店できる状態のレストランの話をする少女の目の輝きに少年は魅かれた。
「小さなレストランを開き、そこで毎日朝から晩まで料理を作り、ウエイトレスもしてお客様にサービスをして喜んでもらうの。そうすれば毎日が楽しいと思うの。」
生き生きと話す少女に少年は見とれた。
少女はその時、そばに少年がいていつも一緒に仕事をしてくれたら、本当にすばらしいと思った。
でも、そういった事はとても少年に話せなかった。
少年は少女の夢の中に簡単に入り込めた。
料理を習った少年が料理を作り、それを少女がウエイトレスをして客席に運ぶ。
素敵な店の雰囲気と料理のおいしさ、きれいなウエイトレスでお客様は満足する。
二人でいつも一緒に働きともに生きていく。
そういった毎日は楽しい。
少年は少女の夢の中に入り、小さなレストランで二人楽しく仕事をする毎日を過ごした。
毎日が夢のように楽しく過ぎる。
少年は少女に好きだと打ち明け、少女は喜びうなづく。
楽しい日々が続く。いつまでも。
公園のベンチで二人とも同じことを考えた。
少女は現実としてそうなって欲しいと願った。
少年はいくら頑張っても作品が採用されない絶望感や不安から逃避するかのように少女の夢の中に逃げ込んだ。
少女の夢の中は温かくやさしく楽しい。
少年は楽しいアルバイトの日々の中、少女とペアで仕事をしている時の幸福感を思い出し、そういった日々が永遠に続けばうれしいと思った。
少女といつも一緒に仕事をしているなら、歌や作曲など捨ててしまってもいいとさえ思う事もある。
二人とも同じことを考えていた。
でも、二人ともそんなことを考えているのは自分だけだと思った。
自分が思っていることを相手に話したら笑われると思っていた。
甘い夢に浸っているうちに昼休みは終わった。
少年と少女は急いでレストランに走った。
休みの日には少年は作曲ばかりしている。
そして、その歌や好きな名曲を歌ってばかりいる。
ギターはかなりうまい。歌も。声はわりといい声をしている。結構響く声質を持っている。
いつもエレキギターを弾きながら作曲をするのでどうしてもハードな曲ばかり作曲をすることとなる。
レストランでバイトをしだしてからは生ギターで作曲をすることが多くなった。
その歌をエレピ:キーボードで歌うことも多くなった。
少女を歌った曲が多くなったからだ。
ラブ・バラードばかりとなった。
ピアノはあまりうまくない。
だが、ラブ・バラードを歌うときには最適だ。
少年はギターを置いてキーボードに向かった。
目を閉じた。
レストランのホールが浮かんできた。そこに少女がいる。
少女はゆっくりとテーブルの間を歩いている。
立ち止まりゆっくりと少年の方を見る。
長いまつげと黒い瞳でじっと少年を見つめる。
♪
午後の陽射しの中
テーブルの横に立つ君
僕をじっと見つめている
I love you
とても君が愛しい
君の夢の中に僕はいる
甘く素敵な夢の中に
いつまでも君と
過ごしていたい
そう思う とても
I love you
すべてを忘れて
君の夢の中で眠っていたい
やさしいまどろみの中で
時を忘れて 生きてみたい
いつまでも君を
君だけを愛して
君を見つめていたい
歌い終わって少年は苦笑した。
さすがに甘すぎる歌だ。
エレキギターを手にした。
エイトビートでメジャー・コードとセブンス・コードばかりを軽快に弾いた。
歯切れのいいサウンドが部屋に響いた。
♪
I love you,baby
とても愛してる
この頃 いつも君のことばかり
頭の中から 君が離れない
君の甘く切ないほほえみ
僕は もう 胸が痛すぎる
I love you,baby
どうか愛して欲しい
どうして君の事 これほど好きに
なってしまったのだろう 不思議
君の黒い瞳にじっと
見つめられて 僕は 深いめまい
I love you,baby
I love you,baby
最初は全部英語で歌った。
適当な英語だ。文法滅茶苦茶の英語だ。単語もかなりいいかげんだ。
だが、英語だとのりがいい。
ロックは英語の歌詞で歌った方がいい。
曲が簡単にできる。
歌っている間少女の顔や瞳が目の前でちらちらした。
本当にこの頃少年は家にいても、寝ていても、街を歩いていても少女の顔が目に浮かんでばかりいる。
きっと恋をしてしまったのだろう。本気で。
音楽野郎で音楽以外興味がなかった少年のハートを少女が破った。
少女に電話した。
少女はもちろんレストランで仕事をしている最中だ。3時頃なので多分少し暇なはずだ。
少女はすぐ電話に出た。
「はい、」
小さな声だ。だが、うれしそうな声だ。
「これから公園に行くよ。レストランの横の池のベンチに行くよ。休憩は何時から?」
「3時からよ。」
少年はギターを持って自転車を飛ばした。
公園の門を通り抜けレストランの前を過ぎ横の池に着いた。
ベンチに座っているとしばらくして少女が走ってきた。
「早いのね、」
「思い切りこいできたよ、」
「お昼食べた?」
「いや、家で歌ばかり歌っていた。おふくろは僕のことなど忘れている。」
「はい、」
少女は笑いながら紙袋を出した。
中にハンバーグとご飯が入っている。
「おお、最高、」
「キッチンから黙って持ってきちゃった。」
二人は笑いながらハンバーグを食べた。
食べ終わると少年は歌を歌った。
さっき作ったばかりの曲だ。
さすがに歌詞は変えて歌った。
あの歌詞で歌ったら少女に笑われそうだからだ。
それでもかなり甘いラブソングだ。
「いい歌だわ、」
少女は微笑んだ。
そして、いつか少女が主人公の歌を歌って欲しい、と思った。
「今度私の歌を作って歌ってみて、」
何度もそう言おうとした。
でも、恥かしくてとても言えない。
そんな事を言ったらたぶん顔が真っ赤になるだろう。
少年は笑い転げるだろう。
少女は黙った。
少年はいくつかラブソングを歌った。
この公園の奥には平日の午後はあまり人は来ない。
公園の奥の森の中の小さな池のベンチで二人は座って時を過ごした。
いい天気だ。
空は青くところどころ真っ白な雲がある。
そよ風が木々の葉をかすかに揺らす。
池に波はなく鏡のようだ。青空と向こう岸の木々が映っている。
少年と少女がひと時を過ごすには一番いい場所だ。
少女はこのまま時が止まってくれればいいと思った。
少年の横顔を見た。
少年はさっき作った歌を英語の歌詞で歌っている。
早口でスラング調で崩した発音で歌った。
そのため少女には歌詞はまったく聞き取れなかった。
♪
I love you
Yes,I love you
I’m always thinking of you these days
You’re so sweet, and so beautiful
I wanna stay with you anytime everyday
If you say you love me
I’m so happy
When you touch my heart I’m gonna crazy
So say to me you love me
So tell me you love me,just now
Love me baby just now
歌い終わった少年は少女の顔を見た。
少女はすごいわ、とほめた。
「英語もうまいのね。いつも英語で歌を作るの?」
「いやあ、いんちき英語さ、」
少年は笑った。
「英語で作詞するなんてすごいわ、」
「ほんと?」
「ほんとよ、」
少年は、けど、詞の内容があまりよくないと言った。
少女は英語が不得意だから歌詞の内容が分からない、ごめんなさい、と言って、英語のできる少年を尊敬すると言った。
少年は内心苦笑しながら少女の眼をじっと見た。
少女も恥ずかしそうに少年の眼をじっと見た。
休憩の1時間はあっという間に過ぎた。
どうしてこういう時って時間は早く進むのだろうと少年は歯ぎしりした。
「じゃあね、明日。12時からでしょう?」
「うん、ラストまで。」
少女は森の小道を走りレストランへ走っていった。
少年は家に帰り二階に駆け上がりここ数日で作った曲をきちんとまとめ完成した。
詞も手直しして曲に完全に合わせた。
大体満足する歌ができた。
いい歌が50曲ほどとなった。
少女を知ってからできた歌が30曲ほどある。
歌でも少女がほとんどを占めるようになってきた。
もう少年から少女を切り離すことは無理だろう。
その事は少年もだいたい気がついている。
少女はそうなって欲しいと思っていた。
しかし、まさかすでにそうなっているとは思わなかった。
少女は少年が自分の事をそれほど真剣に思っているとは考えられなかった。
ガールフレンドの一人、いや、もしかしたら知り合いの中の一人ぐらいかもしれないと思っていた。
レストランのバイトの時に相手が自分しかいないから仕方なくいろいろ話しかけてくれるのかもしれないと思ったりした。
少年に「私のこと好き?」と聞きたかった。
だが、とても聞けなかった。
もし、「いや、べつに、」と言われたらショックだからだ。
怖くてとても聞けなかった。
次の日もアルバイトは楽しく笑顔と笑い声のうちに終わった。
終わると少年はロッカーからギターを持ってきて客席で歌を歌う。
少女はすぐ前のテーブルに座りその歌をじっと聞く。
夜のライヴだ。二人だけのライヴだ。
最高に楽しいひと時だ。
この瞬間のために二人はアルバイトをしているようなものだ。
少女を知ってから、少女に恋をしてから少年の歌はますます良くなった。
声もいっそう響くようになった。
音程もしっかりしてきた。以前のように声がフラットしたりひっくり返ったりするということが全然なくなった。
好きな娘の前で真剣に歌う毎日が少年の歌のレベルを完璧にしていった。
少年はそのことにあまり気がつかなかった。
しかし、少女は気がついていた。
「このごろとても声が響くわ。前よりすごく良くなったわ。」
「そう?」
少年は喜んだ。
そう言えば、以前よりも思ったとおりの声が出るようになった。
以前は頭の中で考えている歌と実際に口から出てくる声がぜんぜん違っていた。
だが、最近は頭の中で浮かんだメロディーや歌、音程がそのまま正確に口から出るようになった。
頭の中に譜面が浮かぶとそのとおりの歌が歌えるようになった。
全然知らない歌でも譜面だけで初見でギターを弾き歌えるようなった。
「よし、これでいいんだ。」
少年はいっそう自信を持った。
必ず歌手になりいい曲を作りヒットを飛ばせる自信ができた。
プロとして成功する。絶対間違いない、そう確信した。
少年は19歳だ。
春に高校を卒業して歌の道へ進もうとしていた。
大学など行く気はなかった。
それより一日でも早く歌手になりたかった。
大学で勉強するよりも曲を作る方が楽しかった。
高校を卒業した時点ですぐに歌手になれると思っていた。
自信満々だった。
だが、卒業直前にレコードメーカーやプロダクションに送った自信作が全部没となった。
かなり落ち込んだが、気を取り直して駅前や公園で歌い続けた。
歌っていれば必ずファンができスカウトが来ると思った、確信していた。
だが、それもなかなか思ったようにいかなかった。
歌っていると集まるのは高校時代の元バンド仲間やクラスメートばかりだった。
彼らの温かい拍手は励ましになったが、デビューにはあまり関係なかった。
だが、それでも歌やギターのテクニック、作曲能力はどんどん向上していった。
少年は単なる自信過剰な人間ではなかった。
未知の能力を秘めた音楽少年だった。
少女も19歳だ。
少女も大学など行く気はなかった。
高校一年の時からレストランを開くという夢、いや、確実な計画を持ちその計画通りに歩んでいた。
大学へ行くよりもおじさんのレストランで料理や接客の練習をした方がいいと考えていた。
少女は驚くほど堅実だ。19歳だというのに人生を50年も生きてきた人よりも遥かにすばらしい人生計画を持っていた。
しかも確実に計画通りのコースを進んでいる。
成功は間違いない。
少女は生まれた街で自分の夢がかなうと確信していた。
この街でレストランを持ち成功して幸福な人生を、夢に描いた通りの人生を送れると確信していた。
少年は自分の夢は、この街では無理だと思った。
東京だ、東京へ行かないとすべてはスタートしない。そう考えた。
そのとおりだ。
音楽やショービジネスでは東京へ行かないとだめだ。
地方の小さな町ではいくらいい歌を歌っていても誰も聞いてくれない。注目されない。
同級生や友人、ガールフレンド、恋人などが感心しただけで全国ヒットになるほど音楽の世界は甘くない。
東京へ行き、有力なプロダクションに入り大手のレコードメーカーと契約し全面的なバックアップを得た時にヒットする。
いくらいい歌でも、いくらいい歌を歌っていても地方の町で歌っていてはヒットなどしない。
「この町じゃだめだ。」
少年は東京へ行くことにした。
それは少女と別れる事となるかも知れない。
いや、少女を捨て去る事になるかも知れない。
今までの二人の甘い日々を消し去る事となる。
少年はそんな事など少しも考えなかった。
ただ目の前に東京の街が広がっているだけだ。
そこは成功の街だ。
自分の夢のかなう大都会だ。
少年が自分の夢に進み目の前に東京の街が広がる時その中に少女の姿はなかった。
アルバイトした金がかなりたまっていた。
アパートを借りて東京でバイトしながら直接プロダクションやレコードメーカーを訪問して売り込もう。
デモテープを郵送するよりも遥かに確実性がある。
いろいろなオーディションもすぐ受けることができる。
好きな歌手やバンドに直接会って売り込める。歌や曲を聞いてもらえる可能性が大きい。
少年は12月の初めにレストランのアルバイトをやめた。
少女に東京へ行くと打ち明けた。
少女は笑顔で励ましてくれた。
「頑張ってね。きっとスターになれるわ。」
精一杯笑顔で言ったが少女は心の中で泣いた。
もう気持ちが東京、歌手となっている少年は少女の心など気にかける事などなかった。
少女の笑顔をそのまま受け取り、「うん、必ず成功するよ。」と笑った。
少年が東京へ行く日少女は駅へ見送りに行った。
少年を乗せた新幹線が遠くへ消え去った時少女はホームに立ち尽くし顔をおおって泣いた。
自分の恋心を少しも打ち明けることができないうちに彼は行ってしまった。
少年は少女に何一つ恋らしい言葉をかけることなく行ってしまった。
「東京へ行ってアルバイト先やプロダクションなんか決まったらすぐ帰ってくるよ。電話もするよ。」
少年は明るく約束した。
しかし、少女はもう少年に会えないと不安を持った。
もう少年は二度と自分に会ってくれないと暗い予感がした。
不幸にもその予感は当たった。
そう、少年は去ってしまったのだ。
少年は東京に着くと早速不動産屋を巡り歩いた。
青山や六本木に行きやすい田園都市線でアパートを探した。
手ごろなアパートが有った。
家賃は安く部屋もきれいで、外は庭で広々としていい環境だ。風呂場も小さいがきれいだ。シャワーもついている。大家さんの家の二階で家族的な雰囲気がある。親切な大家さんだ。
予想以上にいいアパートだ。
東京のアパートは狭くて隣の家やビルとくっつくように密集していて日も当たらずじめじめしていておんぼろでひどいと思っていたが中にはいいアパートも有るのだと喜んだ。
歌手になるのだと言うと、喜んで部屋を貸してくれた。
「頑張りなさい、」大家さんと奥さんは笑顔で励ましてくれた。
礼金と敷金は各一ヶ月でいい、更新料はいらないと言ってくれた。
「良かった。」少年は喜んだ。
親戚や友人のいない東京では金が一番頼りだ。金がどんどん減っていくのは一番困るし、不安だ。
そういう時に、礼金や敷金、更新料をまけてくれて本当に感謝した。
もし東京で金がなくなったら親は当てにできない。
大学に行かない事ですでに勘当状態だった。さらに東京へ行くといった夜両親は大変怒った。
少年は怒って引き止める両親を振り払って東京に来た。
金がなくなった時に両親は絶対助けてくれない。
少年は東京で一人で生きていかなければいけない。
アパートの有る街の駅から渋谷まで15分ほどだ。
電車は地下鉄に乗り入れているので青山まで20分で直接行ける。
六本木までは電車や地下鉄で直接行けないが、表参道で降りて10分ほど歩けば六本木に着く。交通の便はいい。
駅前には小さなライヴハウスが有った。
早速覗いた。ハードなサウンドがホールいっぱいに響いていた。客席はロックファンでいっぱいだ。全員のりのりで楽しんでいる。
「やってるな、」
少年は胸が躍った。
「俺も早くライヴをやりCDを出しヒットを飛ばすぞ。」
少年は胸の中で叫んだ。
少年は夢に大きく近づいた。
あと少しだ。
少年の夢はもう届く所にあった。
少年が手の伸ばせばあとほんの少しで届く。
目の前の夢に手を伸ばすことに必死で少年は田舎の少女の事などすっかり忘れてしまった。
目の前の自分の夢に喜び興奮しそれで東京の毎日が過ぎていった。
東京に来てからは毎日青山、六本木、渋谷、表参道、原宿、新宿を歩き、そびえる高いビル、混雑する人通り、ライヴハウスなどを見てまわり、アパートに帰ると曲を作った。
アパートでは作曲ばかりやっていた。
テレビを見るとか漫画を読むとかゲームセンターに通うとか何か娯楽をするといった事など全然しなかった。
そういった事には興味などなかった。
できたばかりの知人を誘ってスナック、居酒屋などで酒を飲み酒の魅力におぼれて酒びたりになるといった事もしなかった。
ただひたすら音楽、歌、作曲だった。
歌作りに完璧に没頭していた。
東京という刺激のある大都会で曲は次々とできた。
アパートに帰ってギターを持ち昼間歩いた六本木、渋谷の町を思い出すとすぐにメロディーが頭に浮かんだ。
どれもこれもいいメロディーばかりだ。
東京という夢の街が少年の作曲能力に刺激を与えいっそう高めていった。
いい曲ができるとプロダクションやメーカーに売り込みに行った。
そういった忙しい毎日を過ごした。
そういった日々の中で少年は少女の事など思い出す暇などなかった。
少年の心を、歌、作曲、デビュー、東京、デモ・テープの売込みといった事が占領していて少女の入り込む隙間などなかった。
少年は少女の事を忘れていった。
アルバイト先も適当な所が見つかった。
青山のカフェだ。
夕方から深夜までだった。終電直前まで働いた。
時給は良かった。高い時給に驚いた。やはり東京だと感心した。
仕事は忙しかった。多くのバイト仲間ができた。
時折テレビで見かける歌手やタレントが店に来た。
支配人の目を盗んで少年は積極的に話しかけた。
歌手を目指している、作曲をしていると言うと歌手やタレントは「へえ、すごいね、頑張って、」と笑顔で励ましてくれた。
歌手やタレントと顔なじみになっていった。
バイト仲間に一人の女子大生がいた。
休憩時間にギターを弾く少年を見て興味を持った。
その女子大生も歌をやっていた。高校時代はバンドをやっていた。大学に入ってからはやってないが少年が歌手を目指していると聞き再び血が騒いだ。
少年のギターと歌は女子大生をとりこにした。
「うまいわ、」
腕を組み感心して少年をじっと見詰める美しい女子大生の目に少年は最初戸惑った。
少年の歌にすぐ合わせて歌ったりハモッたりする女子大生に少年は驚いた。
その娘(こ)は小さい頃からピアノをやっていてうまかった。
「君こそうまいよ、」少年は女子大生をほめた。本当に感心したからだ。
「あなたにはかなわないわ。いい曲を作るわね、」
女子大生も高校時代にいくつも曲を作ったが満足するものはできなかった。
だが、目の前の少年はいい曲をいくつも作っている。
「すごい、」
女子大生は感心した。
少年のやっているような種類の音楽、歌に女子大生は興味を持った。
「いい。こういった歌だ。」と思った。
「一緒にやればいい歌を、いい音楽をできるかも、」
女子大生はふと思った。
またバンドをやりたいと思い始めた。
日々のバイトの中で二人は急速に親しくなった。
女子大生は東京生まれだ。広尾だ。大学はいわゆるお嬢さん大学だ。
切れ長の目で美人で言葉遣いや動作、しぐさなどすべてにおいて東京生まれ、東京育ちの雰囲気を持っていた。大学1年だった。年は少年と同じだ。
そういった東京の雰囲気に少年はとても魅かれた。
地方の小さな町で生まれ育った少年はその女子大生の持つ東京の香りに心を奪われた。
女子大生はゆかりといった。
お嬢さん育ちのゆかりだが親から小遣いをもらってただ遊ぶよりもいろいろな刺激の有る所で働きたかった。
カフェはそういったゆかりに刺激を与えた。
もっともその青山のカフェは父の知り合いがオーナーをしている店だった。
ゆかりにしてみれば父親の知り合いの店で働くのは嫌だったが、知り合いということで簡単に勤めることができ、気楽に働けるしいろいろ優遇されるメリットがある。気が向いた時に適当に休めるという点が一番のメリットだ。
カフェで働きたいのと気ままに働きたい事を両立できるのでゆかりはその店を選んだ。
実際ゆかりは優遇された。大切にされた。
とはいえ美人でそれなりに真面目に働くゆかりは客の評判もよく支配人からも不満は出なかった。
バイト仲間からは有名なお嬢さん学校で美人でオーナーの知り合いという事で一目置かれトラブルもなくうまくやっていけた。
そうしている頃、少年が募集広告を見て店に入ってきた。
歌手を目指していると話す少年にゆかりはすぐ反応した。
バイトしている時ゆかりは少年を時々見た。確かに音楽をやっている雰囲気を持っている。
店が暇な時はフォービートで動き忙しくなるとエイトビートで、さらにシックスティーン・ ビートで動いている。
ゆかりはその動きを見て内心笑った。
少年とゆかりはバイト仲間と一緒にたまにカラオケに行ったりした。
少年の歌のうまさに全員驚いた。
そして、歌手として絶対成功すると言ってくれた。
ゆかりもうまかった。
少年は驚いた。
「うまい、」内心自分よりうまいと思った。
ゆかりは音程を絶対はずさない、譜面どおりにきれいに歌う。
だから聞いていてとても安心できるし不安定でいらいらするといった事がない。非常にリラックスして聞ける。
ゆかりの歌にみんな拍手した。そして、「二人でバンドを組んでやればいいじゃん。大ヒットだよ、」と誰かが言った。
「そうだよ、」他の連中も大声で言った。
「そうよ、」ゆかりは内心笑った。
少年はゆかりをじっと見た。
「ふふ、」
ゆかりは少年を見ながら微笑んだ。
バイトしている時ドリンクを出すカウンターの所でよく二人は歌を歌った。
即興の歌だ。
そこは客席から少し厨房の方に入っている。
小さな声で歌えば客席には聞こえない。
♪公園通りを・・・とゆかりが歌う。続きを歌えと持ちかける。
少年がすぐ続ける。
♪二人で歩けば・・・
さらにゆかりが続ける。
♪みんな私たちを見詰める、憎い目で・・・・
♪僕らのファッションに嫉妬している。きっと。
「ふふ、そんなに格好いいセンスしてる?」
ゆかりが噴出した。
「何いってんだよ、歌じゃないか、」
確かに少年のファッションはそれほどセンスはよくない。
そのことでゆかりからいつもからかわれている。
ゆかりはいつもいいセンスの服を着ている。バッチリきまっている。高そうな服ばかり着ている。
「お嬢様だなあ、」少年はいつも心でつぶやいた。
しかし、少年はファッションにはあまり興味がないのでことさらファッションの話題に入ってゆかりをすごくほめたりはしなかった。
いつも頭の中は途切れることなく歌だった。
他の男のようにゆかりの美しさ、高い服や通っている大学にことさら興味を持ち擦り寄るように近づくこともせず歌、歌ばかりの少年にゆかりはますます興味を持った。
たとえばゆかりと一緒のテーブルに座ると誰でもゆかりにべたべたと話しかけてくる。すぐ食事やドライヴに誘う。
しかし、少年はゆかりと正面に座っていても頭にメロディーが浮かぶと、その曲を完成させることに必死になり、頭に譜面を書きコードを選び、替えて、格好いいさびを作るのに忙しくなりゆかりの顔など見なくなる。話も一切しない。すぐに1時間が経つ。その間ゆかりは少年の顔をじっと見詰めるが、少年はゆかりなど全然見もしない。テーブルのメモに音符やコードを書いたり天井を見たり目を閉じたり、テーブルをたたいてリズムを取り曲を必死で作り上げていく。
他の男とは大きな違いだ。
目の前に座っていてしかもじっと見詰めているのに、まったく相手にされないといった事はゆかりにすれば初めての経験だった。
そうした事がますます少年に対する関心を募らせた。
少年もゆかりにますます魅かれていった。
休憩時間に二人でテーブルに座り、特に作曲などをしてないでぼんやりしている時にゆかりから見詰められた時には少年の胸は強く締め付けられたように痛くなった。
ゆかりのきれいな目でじっと見詰められると何かジョークを言おうとしても何も言えなくなってしまう。
そういった少年の戸惑った顔を見るとゆかりはとてもいい気持ちになる。
ゆかりはファッションには贅沢だ。
また化粧も時おり派手にする時がある。
少年がカフェでバイトをし始めた頃ゆかりは濃い色のブルーのアイシャドウーをして濃厚なルージュをしていた。
そしてやや冷たく重たい視線で少年を見ていた。
最初そういったゆかりを見て少年は自分よりはるか年上で25歳ぐらいと思った。
しばらくして19歳で自分と同じと知り驚いた。
今まで付き合ってきたガールフレンドとはまったくタイプの違う大人びた女性だった。
音楽を通じていろいろと話をするようになっても、その落ち着いた話し方や視線でどうしても少年はゆかりが年上に見えた。
化粧が軽めの時でもゆかりの視線や表情の濃厚さは変わらなかった。
ゆかりにじっと見詰められて2,3分話していると少年はほほや首筋にチョコレートがべっとりとついた気分になった。
♪
そんなに強く見つめないで
君の瞳は僕の心を深く刺す
君が僕を見る時
氷のように冷たい
君は僕の何を見ているの?
僕の心をえぐるように
君はあやしく微笑む
君の濃厚な視線で
僕のほほや胸は
じっとりと汗ばむ
僕は君を見る
君の瞳に魅かれる
ほほえむ時の唇に吸い込まれる
君はすてきな香りを持っている
君といると いつも
その香りにつつまれる
僕はとまどいめまいを感じる
少年はいつもゆかりの事を考えるようになった。
少年はすっかりゆかりのとりこになってしまった。
ある日ゆかりは友達と一緒に少年のアパートにやってきた。
「うわー、汚いわね。」とゆかりは笑った。
笑われても事実だから仕方がないので少年は頭をかいて笑った。
狭い部屋中楽器や楽器のコード、CD、音楽雑誌でいっぱいだった。
床には作曲しそこなった譜面が散乱していた。
わずかの隙間に綿パンやシャツが置かれてあった。
ゆかりたちが来た時まずゆかりと友達の座る場所を確保するのに2,3分ほどかかった。
床の乱雑さに比較して壁はまともだった。
ロックバンドや歌手のポスターが貼られていていかにも音楽野郎の部屋といったいい感じになっている。
ゆかりたちが座るや否や少年はすぐ曲を弾いた。
「いい曲ができたんだ。今朝作ったばかりだ。」とギターを鳴らし歌いだした。
ゆかりは笑った。
「まず、ジュースぐらい出してよ。」
「ジュース?」
少年は辺りを見回した。
そんなものは少年の部屋にはなかった。
第一冷蔵庫がなかった。
「ひでえ、」
ゆかりと友達はあきれて天井を見上げた。
天井にギタリストのポスターが貼ってあった。
「誰?」
ゆかりの知らないアーティストだ。
「ランディー・ローズだよ。」
少年のお気に入りのギタリストだ。
ゆかり達は2時間ほど過ごして帰った。
想像を超えた乱雑な部屋だったがゆかりには面白い体験だった。
お嬢様ゆかりにとってカルチャーショックの2時間だった。
数日後今度は少年がバイト仲間と三人でゆかりの家を訪ねた。ゆかりの友達も来た。
広尾の駅を降り有栖川宮記念公園の横を通り静かな道を歩きしばらくするとゆかりの家に着いた。
非常に閑静な所だ。
ゆかりの家は非常に大きい。家と言うより邸宅だ。
今度は少年がカルチャーショックを受けることとなる。
ゆかりの家の近くにはフランス大使館など外国の大使館が多く有り道では外人や外人の子供と何度もすれ違った。スーツを着たビジネスマンでなく家族連れが多い。
服装は普段着だ。しかしいい服だ。女性は奥さんだろう。買い物袋を下げている。子供は上品な顔をしている。近所の大使館の家族連れと分かる。
家は洋館が多い。
外国に迷い込んだような気持ちになった。
ゆかりの家を見て少年とバイト仲間の友人は驚いた。
「すげえ、」
家は広く大きい。門も塀も驚くほど立派だ。
門を開けると向こうには広い庭が有った。テレビなどで時々見る外国の家のようなすばらしい庭だ。
少年はちょっと足が震えた。
「今日はパパもママも出かけていていないのよ。どうぞ。」
大きな門を開けながらゆかりは少年たちを招き入れた。
中から大きなシェパードが二頭走ってきた。
少年たちを睨んでいる。
「帰りなさい。」とゆかりが言うと、犬はクーンと声を出し素直に元の小屋の方に帰った。よく訓練されている。しかし、不審者の場合すぐさま襲いかかる。
門を過ぎ少しカーブとなっている石畳の小道を10メートルほど歩いて家の玄関についた。
ヨーロッパ風の立派な家だ。
玄関の付近にはバラがたくさん植えられている。そのほかきれいな花や草が見事に咲いている。
そしてその近くには外車が2台置かれている。
玄関に入ると大きな広間だ。靴を脱いで家に上がるといった事はない。
靴のまま広間に入りそのまま過ごす。
完全に西洋風の家だ。
少年とバイト仲間の友人は黙って顔を見合わせた。
少年の狭いアパートとは大きな違いだ。
広間に入ると「気楽にしてて、」とゆかりはみんなをソファに座らせ、奥に行きしばらくして全員にジュースを持ってきた。それがまたおいしいジュースだ。生の果実を絞ったジュースだ。
少年はこんなおいしいジュースを飲んだのは生まれて初めてだった。
少年のカフェでもフレッシュ・ジュースを出している。もちろん生の果実のジュースだ。1200円だ。お客から好評のジュースだ。だが、ゆかりの家のジュースはカフェのジュースよりもはるかにおいしい。
「今度このジュースをうちのメニューに入れるべきだね。」少年は言った。
「この味だと3000円だね。」バイト仲間が真剣に言った。
ゆかりはその話を黙って笑いながら聞いた。
気がつくと部屋には音楽が流れていた。上品なバロック音楽が静かに流れている。
話をしていると気がつかないが、声がとまるときれいな演奏がどこからともなく聞こえてくる。
こういった音楽のかけ方は居間にいるお客をとてもリラックスさせる。とてもいい気分になる。
「すてきだなあ、」少年は心の中でつぶやいた。
今日のゆかりの服装は地味だ。というより普通だ。
青山や六本木に行く時は派手な服と化粧で出かけるゆかりだが、自宅にいる時や近所の店で買い物をする時はごく普通の、といってもここら辺の女性やお嬢さんがしている服装で過ごす。
「あまり派手な格好をすると近所の目がうるさいのよ。ママに怒られるし、」ゆかりは静かに笑った。
今日のゆかりは上下とも白だ。やや長めのスカートにブラウスだ。品がいい。
いつものゆかりと違ってとても清楚に見えた。
おまけに言葉遣いまでいつもと違いとても静かで丁寧になっている。
いかにもいいとこのお嬢さんといった服装だ。
少年は自分とはまったく違う世界で日々を過ごすゆかりに見とれた。
窓から光が差し込んできてゆかりの白いブラウスとスカートのあたりが白く光っている。
ふんわりと光る白いブラウスと品良く座りこちらを見るゆかりを見て少年は心の中にそよ風が吹いてくるような気持ちになった。
広間の隅にアップライトだがピアノがある。生ギターも置いてある。
「ねえ、歌を歌いましょう。」
ゆかりがピアノを弾き始めた。
少年はギターを取りピアノに合わせてコードやリフを弾いた。
バイト仲間の連中はテーブルを手で叩き足を鳴らしリズムを取った。
最近バイト先で歌っている歌をゆかりが歌った。
ゆかりと少年が即興で作った歌だ。
♪
とても重たくダークな夜
青山通りを二人は走る
風は冷たい
だけど、心は熱い
この道はどこへ続くのだろう
僕たち二人を乗せて
終わりのないかのように
いつまでも続く
この先にはきっと
刺激的なエリアが有るだろう
真夜中の246は 寂しいけれど
二人なら そんな事はない
外苑前の小さなカフェで
二人は時を過ごした
深いブルーの闇の中
息を止めて見詰めあう 君と僕
時が不規則に音をきざみながら過ぎていく
僕たちを置き去りにして
そう、僕たち二人は
何もかもと無関係に過ごしていく
街を歩く人々や
流れる車
青白い闇
すべてと無関係に
二人は過ごしていく
真夜中の青山通り
真夜中の青山通り・・・・
この間即興で作ったばかりの歌を二人は軽快に歌った。
ゆかりのピアノはとてもうまい。
歌もうまい。
「すごい、」少年は感心した。
少年のギターがゆかりのピアノに置いていかれそうになった。
曲が終わった。
少年と友人は大きな拍手をした。ゆかりも拍手をした。
「うまいよ、」少年と友人は感心してゆかりをほめた。
「あなたこそ、すごくうまいわ、」ゆかりは少年を見てもう一度拍手をした。
ゆかりと友達が奥に行き今度はサンドイッチとコーヒーを持ってきてくれた。
ちょうどおなかがすいてきていたので助かった。
歌と演奏を中断して全員軽く食事をした。
「すごくおいしい、」バイト仲間が驚いた声を出した。
「本当にうまいや、」少年もほめた。
あまりおいしいので少年はあっという間に自分のサンドイッチを平らげた。
ゆかりが自分のサンドイッチを少年に寄越した。
少年は有り難くそれもあっという間に平らげた。
実はここの所あまり満足に食事をしてない。
コーヒーも驚くほどいい味だ。
香りがとてもすばらしい。
少年は自分の世界でない料理や飲み物にため息をついた。
サンドイッチを食べ終わると少年は再びギターを持った。
「ソロでどうぞ。」
ピアノを離れたゆかりが微笑んだ。
少年は軽くストロークで歌いだした。
「何を歌おう?」
「恋、」ゆかりが言った。少し真面目な顔だ。
「よせよ、」少年は不協和音を鳴らした。
「不思議な少女、」バイト仲間が言った。
少年はゆかりを見て笑った。
♪
昔、そうずっと昔
不思議な少女がいた
深い森に住んでいて
いつも窓から街を見ていた
街では男たちが
粗野な歌を歌っていた
少女は窓を閉めた
だけど歌はガラスを通り
少女の耳に、胸に入ってくる
いつしか低級な歌が少女をとりこにした
少女は家を出た
歌に惑わされて
街へと歩き始めた
少女は森の生活を捨てて
街に出た
街で男たちと一緒に
歌を歌いだした
少女の目はぎらぎらと輝きだした
「な、何、それ、私の事?」
ゆかりが顔を少し赤くしながら抗議した。
「歌だよ、単なる歌。いちいち歌詞に反応するなよ、」
少年は笑いながら歌を続けた。
バイト仲間は腹を抱えて笑っている。
ゆかりの友達もくすくすと笑った。
ゆかりは悔しそうな顔で続きを歌った。
♪
男たちはいつも
ひどい格好だった
食事もろくにとらず
歌ばかり歌っていた
歌といっても それは
叫んでいるだけ
心や精神が狂っているから
ゆがんだ精神構造を ただ
町中に撒き散らしているだけ
可哀想なのは街の人々
独りよがりの歌を聞かされ
毎日憂鬱になる
それでも少年は歌う
自分の挫折を、絶望を
悲しい声で歌い続ける
ゆかりが歌うと全員大声で笑った。
「これ、歌かよ。」
「絶対ヒットしない。」
「狂っているのはゆかりの方、」
「いい歌よ、」
ゆかりは少しほほを赤くして言った。
「もう少しまともなヒットしそうな歌を歌おう。」
バイト仲間が提案した。
「じゃ、オリコンの1位になりそうな歌を。」
「誰が歌うの?」
少年はゆかりを見た。
「You、」
ゆかりは少年を指差した。
少年はギターを鳴らした。
きれいめのメロディーを弾いた。
♪
午後の陽射しを浴びながら
二人は神宮外苑を訪れた
銀杏並木をゆっくりと歩いた
「どう、こんなんで?」
ゆかりが続けた。
♪
夏は過ぎ
少し風が冷たい
二人はうつむきながら
黙って歩いた
行きかう人はなく
ただ緑の影が二人をつつむ
男は絶望で言葉を失い
女は絶望が絶望でないと
知っている
男が寄りかかる重たい扉が
実はそれは喜びの部屋への
入り口だと知っている
だけど男は
すっかり希望を失い・・・・・・
「どこがオリコンの1位だよ、」
「前半が少し良かっただけ、」
「誰が買うか、この歌詞を」
「そうかなあ、」
ゆかりは平気な顔をした。
少年はギターを置いた。
これ以上即興をやっていると捻じ曲がった歌ばかりになってしまう。
どういう訳かゆかりは人の心を引っ掻き回す歌ばかり歌う。
ブレイクした方がいい。
「テイク・ファイヴ」
「そうしよう、」
みんなコーラを飲んだ。
「ねえ、いつ頃デビューするの?」ゆかりが真顔で少年に尋ねた。
「できるだけ早くと思うけどなかなか契約してくれないよ。」
「結構難しいんだよね、」ゆかりの友人がつぶやいた。
確かに。なかなか契約してくれない。
しかし、最近はプロダクションの人とも顔なじみとなり名刺もかなりもらった。
持参したデモテープもすぐ真剣に聞いてくれるようになった。
「ライヴやってみようよ。」
ゆかりが言った。
渋谷かどこかの小さなライヴ・ハウスに出ようと提案した。
小さなライヴ・ハウスでもとにかく出演しているとレコード・メーカーやプロダクションの注目を浴びる。
いい演奏をすれば声がかかる。
やっぱり売込みにはライヴが一番効果的だ。
とにかく実際の自分たちを見てくれる。自分たちの歌・演奏能力を見てくれる。
デモテープよりもはるかに効果的だ。
しかし、現在の流れはバンドだ。少年が目指しているソロ歌手のスタイルはなかなか受けない。
メーカーもバンドを一番望んでいる。
「やろうか、」少年はゆかりの顔を見て言った。
「やろう、やろう、」ゆかりは楽しそうに答えた。
ゆかりは再度バンドを組んでライヴをやりたくて仕方がない。ゆかりの血は騒いでいる。
「じゃあ、売れ線の曲を作るか、」少年は不安そうにつぶやいた。
「そうそう、とにかく売れ線の歌を作り注目を浴びることよ。そしてヒットするのよ。それから自分の好きな歌を歌えばいいのよ。まず最初にヒットすることよ。売れないのにいくらいい歌を作っても駄目よ。」
ゆかりが方向性や戦術を示した。確かにそのとおりだ。
注目を浴びてヒットすることが先決だ。
デビューもできず自分の好きな歌ばかり歌っていても何にもならない。
とにかくヒットすることだ。デビューすることだ。
自分の心の叫びや挫折、苦悩、あるいは夢や意気込みをいくら歌っても誰も聞いてくれなきゃ意味がない。
それより、妥協して売れ線の歌でヒットして、それから自分の好きな歌を歌っていけばいい。ヒットした後なら多少自分自身を主張する歌を作っても発売してくれるしファンも聞いてくれる。
現実的にならなければいけない。
独りよがりの歌を作る少年がゆかりとコンビを組んだことはいいことだ。
「二人で?」少年は聞いた。
「二人だけど、ドラムがいるわ。友達でやっているのがいるから、ライヴの時だけ入ってもらうのよ。彼は忙しいから練習の時は時々ね。」
「ベースは?」少年は指をあごにあてて考えた。
「別になくてもいいじゃん、」ゆかりはあっさり言った。
ギターとキーボードとドラムだ。トリオだ。シンプルだがそれで十分だ。
場合によってはギターとキーボードだけでもいい。
音の厚みが不足するがそこは少年のギターと歌でカバーすればいい。
いい歌さえ歌えばベースのない事など気にならない。
贅沢を言ってられない。人数もいない。資金もない。時間もない。最小の人数でやるしかない。
ゆかりの友人がドラムを手伝ってくれるので助かった。
完璧なバンド編成をあれこれ考えるよりも早くライヴハウス・デビューすることが先決だ。
荒削りでもとにかくスタートすることだ。船出することだ。
少年とゆかりはスタートすることにした。
ゆかりがぐいぐいと少年を引っ張った。
ゆかりが足早に進むコースは少年も望むコースだ。
二人はぴったりと息を合わせて進んだ。
いいコンビとなった。
ライヴハウスに出演できることになった。
ゆかりは作詞も始めた。
少年の作詞も非常にいいが、かなり独りよがりの主張がある。
自分の怒り、絶望、不安、挫折を叫んでいる歌が多い。とても売れそうにない。
少年に何度も歌全体の意味を聞いてやっと理解できるといった歌詞が多い。
ヒットを狙うなら分かりやすくし、ある程度きれいに格好よくまとめる必要があった。
誰もが初めて聞いた瞬間ぞくぞくするようなサビが絶対必要だ。
このぞくぞくするようなサビがないと歌は絶対ヒットしない。
ゆかりは少年の歌詞を幾度も手直しした。
ゆかりが手直しした歌詞を見て少年は感心した。
とてもきれいにまとまっている。
多くの人に受け入れられる売れ線の歌詞とはこういった歌詞か、と少年は納得した。
ヴォーカルはすべて少年がとった。
ゆかりはコーラスを受け持った。
ゆかりもうまいがソロで歌うには力不足だ。アマチュアならいいがプロとしてはやや弱い。
だが少年のヴォーカルはプロとして十分やっていけるレベルだ。
そこをゆかりは確実に見抜いている。
ゆかりにもヴォーカルを勧める少年を説得してヴォーカルはすべて少年にとらせた。
少年は首をかしげながらもゆかりに従った。
こういう点においてゆかりはとても頭が切れる。
自分も含めて相手と全体を見渡す冷静な目を持っている。
うぬぼれて自分が前面に出るといった事はしない。
お嬢さんだがぼんやりとはしてない。肝心の時に決してうかれない。とてもクールだ。
二人は新作をいくつも作った。
少年とゆかりの共同作業が始まった。新しいスタートだ。
貸しスタジオやゆかりの家で歌と演奏を何度も練習した。少年のアパートでは打ち合わせを何度も行った。歌った歌をMDに取りすぐに聞いた。
どれもいい出来だと思えた。
「よし、これでいいだろう。」「うん、だいじょうぶよ、」
二人は自信を持った。
「よし、行ける。」
3月中旬渋谷の小さなライヴハウスで初めてのライヴをやった。
記念すべき二人の初ライヴだ。
ゆかりの友人がたくさん来た。カフェのバイト仲間も何人か来た。
だが、それ以外の客はいなかった。
少年とゆかりは必死で歌い弾いた。
盛大な拍手が起きたが友人や仲間の拍手では意味がない。
翌週もライヴを行った。
だが、客はいない。すべて友人や知人ばかりだった。
少年とゆかりは落胆した。
しかし、めげずに必死でライヴをやった。
ライヴは週1か週2でやった。
本当は毎日でもやりたかったがライヴハウスがスケジュールを組んでくれなかった。
それに少年は生活費も稼がなければいけない。
アルバイトをそうそう休むわけにはいかない。生活費どころかその日の食事に困る。
音楽・歌に完全に打ち込みたいがそれより先に生活のために朝から晩までバイトをしなければいけない。
バイトばかりしていると当然歌や楽器の練習の時間が全然とれない。作曲や作詞をする時間もなくなる。
その事で少年は苛立ち苦しんだ。
ゆかりは少年の苦しみがよく分かった。
金持ちのお嬢さんのゆかりは、その気になれば少年の生活費の悩みを解決できる。
しかし、それをゆかりがやってしまったら駄目だ。下手すると二人の関係がうっとうしくなり壊れる。
ゆかりは生活の面で少年を助けることが出来るのにそれができない。
ただそばで見守り応援するしかない。
その事はゆかりをとても悩ました。
ゆかりの気遣いと悩みを少年は分かっていた。
二人はそういった悩みと苛立ちをすべて歌・ライヴにぶつけた。
二人はもがき苦しみながら歌い演奏した。
ゆかりは演奏や作詞、時には作曲やアレンジの面で、そして自分たち二人が音楽面でどういったコースに進むのがいいのかといった事などで必死で少年の手助けをした。
そして苦しむ少年を優しく励ました。苛立つ少年の愚痴に近い言葉を黙ってじっと聞いた。
ゆかりが出来ることはそれだけだった。
それは最善の方法だった。
客の来ないライヴハウスで必死に歌う少年に大きな不安がこみ上げてきた。
このまま終わってしまうのか?駄目なのか?
ゆかりも同様だった。
少年の歌とギター、作曲は絶対人気が出ると確信していた。また、自分も含めて自分たちのバンドはライヴをしたらすぐに人気が出ると思っていた。
だが、反応は悪かった。いや、ひどすぎた。
誰も来ない。一人も来ない。
「こんなはずじゃない。」
ゆかりにも絶望が襲ってきた。
少年とゆかりは客の来ないライヴを何度もこなした。
あっという間に2ヶ月が過ぎた。
やがて少しずつ客が増えてきた。
本当に最初のお客はゼロだった。その次が一人だった。
それから二人、三人と増えていった。
最初はみな面白半分、興味本位だっただろう。
だが、少年のギター、歌が興味本位の客を感心させた。
拍手も多くなり反応も良くなった。
また、ゆかりが美人だからゆかりに対する拍手も多かった。
そのうち熱心なファンが増えてきた。暇つぶしのファンでなく本物の歌手・バンドに興味のある真剣な音楽ファンだ。
ライヴをするたびに来るファンが増えてきた。
演奏が終わると熱心なファンは控え室や出口にやって来た。ファンたちは少年とゆかりをつかまえて歌を褒め、そして熱く音楽や歌に関して意見を述べた。
少年とゆかりはそういった熱心なファンを大切にして長い時間話し合った。
そして、そういったファン達が友人や知り合いをライヴに呼んだ。
客はさらに増えていった。
少年とゆかりはライヴハウス・ファンの間でだんだんと知られていった。
ライヴをこなしながら二人は曲をどんどん作った。
自信作が20曲ほどたまった。曲だけなら100曲ほど作った。
とにかく少年とゆかりが一緒にいれば曲は即興でどんどんできた。
その即興の曲を二人で2時間ほどかけて手直しするとすぐいい曲となった。
それらは二人が生み出した輝く宝石のようなものだ。
出来上がった曲を聴き二人は「僕たち二人の大切な曲だ。」「そうよ、宝物よ。」と熱く語った。
曲作りにおいて少年とゆかりはひとつとなった。ばらばらの二人でなくすばらしい曲を作る一つのアーティストとなった。
曲作り・歌作りにおいて少年とゆかりを分ける事は出来なくなった。
音楽面でも、さらに日々の生活・人生においても二人はすばらしいユニットとなった。
少年はゆかりを絶対必要とし、ゆかりには少年が不可欠となった。
曲作りで二人は自信を持った。
「僕たち二人は絶対大丈夫だ。」
少年とゆかりは見つめあった。
ライヴを精力的にこなしている7月半ばあるプロダクションの人が控え室にやって来た。
そこそこ名前の知られたプロダクションの社員だ。
少年とゆかりは緊張した。
「高橋といいます。」
名刺をくれた。
「なかなかいいね。ずっと三人でやるの?」
「ええ、当面は、」少年が答えた。
「作曲と作詞は?」
「曲は僕で、作詞は二人でやります。」
プロダクションの人はゆかりを見た。
「美人だなあ、」といった顔をした。
「いい作詞をしますね。ピアノもうまい。」
「有り難うございます。」ゆかりは手短に答えた。
頭の回転のいいゆかりはこういった時には簡単に答えるのが一番いいと知っていた。
くどくどと長たらしく音楽に対する情熱や夢、思い入れを語っても逆効果だと知っていた。
「今度いつやるの?」社員はスケジュールを聞いてきた。
「来週の今日です。その後も出ます。これを見てください。」少年はライヴの出演リストを渡した。
「有難う、また来るよ。名前は?」
社員は二人の名前を聞いてきた。
「宮滝洋二です。」
「牧野ゆかりです。」
少し緊張しながら二人は答えた。
「そう、よろしく。」
プロダクションの人は二人の名前を手帳に書いて帰った。
いい感触だ。
「いけるかもね、」ゆかりがうれしそうに笑った。
「うん、」少年はうなずいた。
「いける。本当に、」少年は心の中で確信を持った。
次のライヴでもそのプロダクションの社員は来ていた。少年のライヴをじっと真剣に聞いた。
いい演奏やヴォーカルが決まった時には大きな拍手をしてくれた。
きちんと評価しながら聞いてくれている。
舞台からそういった聞き方を見て少年はうれしくなった。
ギターを弾きながらゆかりを見るとゆかりも小さくうなずいた。
少年は高橋に自信の有る歌を聞いてもらった。
ライヴでまだ演奏してない歌ばかりだ。高橋が一度も聞いてない歌だ。
最近作ったばかりの歌だ。ほとんどがゆかりと一緒に作った歌だ。中には高校時代に作った歌もある。
高橋は非常に気に入った。
「いいね。どれもレベルが高い。それに独特のサウンドだ。君しか出せないサウンドをしている。詞もいい。」
高校時代に作った数曲の歌については「技術的に荒削りだしいまいちの点もあるが、だけど熱気がある。こういった熱気が大切だ。高校時代の曲をうまく手直しすればぐっと良くなる。」とほめてくれた。
ある日プロダクションの人が少年とゆかりを近くの喫茶店に誘った。
つづく
※このブログへ小説「あれから」を掲載し始めたのは2008.
1.9.です。
※「あれから」のあらすじ完成、主題歌「あれから」の完成は
7年前の2001年夏頃です。
完成の時期と掲載の時期とが違います。ご注意下さい。
◇あらすじと本文が混じった小説ですが、著作権が存在します。
小説中の歌詞にも著作権が存在します。
2008.1.9.
ナポレオン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆ 小説「幸せがくる」 あらすじ
伊東和雄
昔貧しい孤児院があった。
コハト・ホームだ。
災害や親の失踪などでやって来た子供たちばかりだ。
中には病院で生まれたという子供もいた。
病院? 普通だと誰もが思う。そうではない。
病院の玄関に置き去りにされた子供なのだ。
ある年の暮れ、クリスマスというのに子供たちはケーキもなく寂しく過ごしていた。
一人の男がクリスマスの夜ケーキをたくさんプレゼントした。
マザー・石井十三子(とみこ)と子供たちは喜んだ。
マザー・とみこもクリスマスの為にケーキを買いたかった。
でも、全然費用が出来なかった。
以前は時々寄付があった。
しかし、最近は寄付をしてくれる人もいなくなった。
すっかりみんなから忘れ去られてしまった。
マザーは時間を見つけては近所の店や工場で働き運営の費用を工面した。
だが、そんな少ない金額では孤児院の運営はとても出来ない。
マザーは役所にも訴えた。
窓口で必死に係員に訴えた。頭を何度も下げた。
しかし、係員は冷たく言った。
「今年の予算はすべて終わりました。援助は出来ません。規程です。」
「でも援助を頂かないと子供たちの食べるものがないのです。」
「そういった事をここで言われてもねぇ。役所はあんただけのものじゃないんでね。」
「でも、何とかしていただかないと本当に子供たちが空腹で、病気になってしまいます。」
「そんな事は私には関係ないよねぇ。第一、あんたと私は親戚でもなんでもないんだから。あ、時間だ。帰ってください。」
係員は時計を見てさっさと立ち上がり奥の同僚がいる机に行きみんなとお茶を飲みだした。
まだ定時時間の3分前だ。
マザーは泣きながら役所を出た。
男は恰幅もよく堂々としていた。親切な笑顔だった。
ニコニコとしてケーキやお菓子を持ってきた男を見てマザーは神様かと思った。
部屋にあるピアノを弾きながら男はクリスマスの歌を歌った。
ケーキを食べながらピアノの弾き語りを聞き子供たちはつかの間の幸せを感じた。
しかし、男は心から親切にしたのではなかった。
経営していた会社が順調で懐が暖かかったので、無造作に恵みを行っただけだった。
「俺はいい人間だ。」と男は内心自慢した。
その翌日会社で従業員などに前夜の事を自慢した。
男はその後一、二回その孤児院を訪れお菓子などを与えた。
そして、その事を会社の連中や知人に自慢した。
「社長はいい人間ですね。」みんなほめた。
ほめられて男は有頂天になった。
人に自慢する為の慈善行為だった。
子供たちは悲しい毎日を過ごしながらも成長した。
もちろん多くのトラブルが有った。
マザーはそのたび幾度も泣き、苦労した。
男が偽善で行ったクリスマスのプレゼントだったが、子供たちはそういった男の高慢な慈善など知らず、純粋に感謝の気持ちを持ちながらすてきな思い出として大きくなっていった。
一番年上のエリは男がピアノを弾き歌う姿を見て心がとても楽しくなっていった。その事に驚き感動した。
毎日とても悲しいのに男が歌う歌で悲しみが消えた。
不思議だった。感動した。
子供たちは次のクリスマスにも男がケーキを持って来てくれないかと願った。
男が来たら一緒に歌を歌おうとクリスマスの歌やいろいろな歌、そして踊りも練習していた。
クリスマスの日子供たちは玄関で男を待った。
しかし、男は来なかった。
実は男はコハト・ホームの事などすっかり忘れてしまっていた。
単なる気まぐれの施しだった。
興味がなくなるとそれで終わりだった。
何年かするうちに男の会社は不況で倒産した。
男は職安に通う人になっていった。
子供の中で一番年上だったエリが歌手になりデビューをした。
エリはあのクリスマスの夜男が歌う歌を聞いて歌手を目指したのだった。
決してうまい訳ではないがひたむきに歌うエリの歌は少しづつ売れていった。
エリは孤児院の出身だと言う事を隠した。人気に響くからだった。
その為孤児院に行く事もしなかった。
本心は孤児院出身という過去を完全に消したかったのだ。
孤児院とは完全に縁を切りたかった。
エリは雑誌などのインタビューに対して普通の家庭で育ったという返事をしていた。
時が流れた。
コハト・ホームが閉鎖する事になった。
マザーも頑張ったが運営する費用が出なかった。
子供たちの事を考えてマザーは毎日泣いた。
ある日男は街をとぼとぼと歩いていた。
今は小さな工場に勤めていた。
テレビ局へ行く途中車で通りかかったエリがその男を見かけた。
すっかり見すばらしくなり服装もあの時よりもかなり貧弱になっていた。
あのクリスマスの夜に胸を張って堂々としていた面影は全然ない。
顔も生活苦の為に老け込んでいた。
あの時の男とはすれ違った知人でも気がつかないだろう。
しかし、エリは男を決して忘れなかった。
「おじさん、」
長い間探していた人だった。
男は振り返った。やはり、あの男だった。
エリは男が弾いたクリスマスの歌に感動して歌手を目指した事を告げ、歌がヒットして有名になったのはおじさんのおかげだと何度も有難うと述べた。
エリからそういった話を聞き何度も感謝され男は自分を恥じ反省した。
閉鎖する直前のクリスマスの夜男は久しぶりにコハト・ホームを訪れた。
少ない給料をほとんどはたいてたくさんのケーキを買い訪問した。
今度は心からのプレゼントだった。
男の心から偽善や高慢は消えていた。
子供たちやマザーは大喜びした。
そこへエリがやって来た。
エリは男に会い男から「私は偽善だった。偉ぶっていた。」と反省する言葉を聞いた時自分も反省したのだった。
エリはたくさんのケーキ、お菓子とおもちゃを持ってきた。
子供たちは飛び上がって喜んだ。
エリはマザーに分厚い封筒を渡した。中にはたくさんのお金が入っていた。
「マザー、これでコハト・ホームを続けてください。」
「エリちゃん、有難う」マザーはまた泣いた。
子供たちはホームが閉鎖しなくなったので大喜びした。
ケーキやジュースがテーブルに並べられた瞬間子供たちはケーキに突進した。
おもちゃも奪い合いとなった。
いつもひっそりとしているコハト・ホームが運動会のようなにぎやかさになった。
男もエリもマザーもそういった光景を微笑みながら見た。
男は部屋の隅のピアノを見た。
「懐かしい、」
「クリスマスの歌を弾いてよ、」子供たちがリクエストした。
男はピアノを弾きだした。
ますます古ぼけてしまいすっかり調弦も狂ってしまっている。
「俺みたいなだな、」
男は苦笑いした。
男は一曲歌った。
「私も歌うわ、」エリも歌った。
みんなは大喜びした。男はエリの伴奏をした。
「僕たちもうたうよ、」
子供たちも歌いだした。
エリはみんなと一緒に歌い男は伴奏をした。
エリは子供たちの手をとり踊った。
子供たちも全員エリの真似をして踊った。
歌と踊りは続いた。
まるでミュージカルのようになった。
大喜びで次々と歌う子供たち、笑顔のエリ、心から喜ぶ男、喜びの涙をながすマザー。
コハト・ホームのクリスマスはいつまでも続いた。
悲しくても泣いてはいけない。
夢を信じよう。
幸せは必ずやって来る。
つづく
※このブログへ「幸せがくる」を掲載したは2008.1.10.です。
◇上記の小説「あれから」と「幸せがくる」の主題歌を一部別頁で掲載しています。
左の最新記事欄の上の方の「新しい歌 新作」をクリックしてお読み下さい。
また、その頁で別の新作の歌詞の紹介も掲載しています。
◇この頁に掲載している「あれから」と「幸せがくる」は
あらすじで一部の掲載ですが、著作権が存在します。
※このブログへの「あれから」の掲載は2008.1.9.です。
「幸せがくる」の掲載は2008.1.10.です。
2008.1.12. ナポレオン
■ 「うそつきのいない王国」 あらすじ
ロバート・ランブン
貿易商のエリックがジャンとうそつきのいない国へ行った時の貴重な記録です。
ニューヨークに住むエリックはフランスへ商用で出かけた。仕事に数日空きが出来たので古くからの友人であるフランス文化省局長のジャンを訪問した。
サンジェルマン通りのカフェで二人は会った。
ジャンはエリックの久しぶりの訪仏を歓迎した。
「どこか良い所へ案内して欲しい。だけどディズニーランドはお断りだ。フロリダで散々行って来た。」
エリックは驚くような所を案内しろと迫った。
ジャンは考えた。
真面目な顔をしてエリックに確認した。
「エリック、君は約束を守れるか?」
エリックは驚いた。
ジャンのそのような真面目な顔は初めてだった。
「ジャン、僕は正直な貿易商人で通っている。約束を破る事などありえない。今まで一度もうそをついた事はない。」
エリックは少しむっとして返事した。
「そうか、失礼した。分かった。では、いい所へ案内する。しかし、これはフランス国家の最高機密だ。これから行く所は絶対に秘密だ。分かったね。」
「何?国家機密の場所へ案内してくれるのか?」
エリックはたいそう喜んだ。
ジャンはエリックを文化省手配の特別車に乗せてパリを出発した。
車はアルプス方面に向かった。
途中で東に曲がり深い森の中を進んだ。
「ずいぶん深い森だ。ブローニューの森よりも大きい。」
貿易商人であるエリックはフランスの地理には詳しい。
しかし、このような大きい森は知らない。
どこだろうかと思った。
さらに車は進んだ。
半日進んでもまだ森の中だ。ずいぶんと大きな森だ。
「エリック、君は歴史に詳しいか?」
「ああ、一通りはな、」
エリックが退屈そうに返事すると、ジャンは重大な事だがと切り出した。
「ナポレオンがイタリアを侵攻する時にこの森を通った。
その時にここに有った小さな王国を占領した。
ところがこの王国は質のいい金を産出していた。
ナポレオンはこの王国の事を秘密にした。政府の最高機密としこの王国を諸国には秘密にしてずっと植民地にした。
産出する金の大半をフランスというよりナポレオン皇帝が独占した。
そして、ナポレオンは皇帝退位後殺害を狙う王党派と取引をした。
ナポレオンの命を保証するかわりにこの王国の存在を教えた。
ベルサイユ宮殿の秘密地下室の大量の純金を保管している金庫も教えた。
大量の金塊を王党派の連中に与えた。
それでナポレオンはギロチンを免れた。
さらに、この王国の秘密は王党派、革命軍、ナポレオン三世、共和制政府、現在の政府へと引き継がれている。貿易の輸出が年々減少していて没落に歯止めがかからないフランスが今日未だに豊かなのはこの金(きん)のおかげさ。」
ジャンはスイス近くにある秘密王国の事をエリックに話した。
「そんな王国が有るのか?」
エリックは驚いた。
「そうだ。何しろパリの五区と六区よりも小さな王国だが、金の産出量がすごい。毎年フランスの国家予算の5%ほどの金を産出する。」
「ほっ、本当か?」
「しっ、大きな声を出すな。」
ジャンはエリックの肩を叩いた。
「そうだ。その王国へ今から案内する。」
エリックは興奮した。
森はますます深くなった。木々は高くなり鬱蒼としてきた。
「この地域は森が深いので衛星写真でもただの森としか写らない。」
車が森から出た。
目の前に中世のような街並みが見えた。
こじんまりとした町だ。
「ここだ。」
ジャンは車から降りて前方の町を指差した。
イタリアやドイツの中世の町をそのまま再現したような街並みだ。
町の向こうには深い森が再び続く。
少し歩くと大きな門があった。
「ここが入り口だ。」
ジャンは門の前で立ち止まった。警備員がいる。大男だ。
「入り口でもあり国境でもある。」
「パスポートやビザがいるのか?」
エリックは一応確認した。
「ああ、いる。しかし、ビザなど誰にも発給しない。だから、誰もこの国には入れない。」
「じゃあ、どうやって入るのだ。」
「心配するな。僕は特別だ。この王国はフランスの植民地だ。この王国を担当しているのは文化省の僕の局だ。僕はこの国には特別外交官として入る事が出来る。さあ、入国しよう。」
ジャンは門兵に何やらパスポートのような物を見せて中に入った。
エリックもあわてて続いた。
中はすばらしく美しい。
まるで中世の町にタイムスリップして来たような錯覚に陥った。
「すごい。まるでルイ十四世のフランスだな。いや、ルネッサンス期のフィレンツェだ。」
エリックは感心した。
町の家はすべて石造りで道路は石畳だ。建物はすべて中世の様式で建てられている。
建物にはすばらしい神々や女神、天使の像が彫られている。
ミケランジェロよりも優れている。
遠くには神殿が見える。
ギリシャのパルテノン神殿よりもはるかに大きく荘厳だ。
車は走っていない。馬車が道を行く。
歩く人々の姿は中世の服装だ。
注意深く見ると絹の服を着ている人が多い。
豊かな国だ。
「まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。」
エリックは感嘆してつぶやいた。
「ああ、そうだ。僕も最初この国に入った時は驚いた。今でも入るたびに興奮する。」
ジャンは立ち止まった。
「エリック。これからこの国で二、三日過ごすが、絶対にこの国ではうそをつかないで欲しい。」
ジャンは強く確認をした。
「ああ、うそなどつくものか。僕は生まれて一度もうそなどついた事がない。」
エリックはきっぱりと言った。
「そうか。それなら大丈夫だ。何しろこの国はうそをつくと重罪だ。気をつけてくれたまえ。」
ジャンは石畳の町を前方へと進んだ。
「どこへ行く?」
エリックは聞いた。
「そうだな。まず食事でもしよう。いや、コーヒーでも飲もうか?」
ジャンは通りに有る小さな店に入った。
どうやらカフェのようだ。
いや、レストランのようだ。
店の中には電灯はない。テーブルの上にはろうそくがある。
この国では電気を使わないようだ。
店に入りテーブルに座ってエリックは驚いた。
テーブルやいす、室内の調度品などあらゆる物に金が使われている。
しかも輝きがいい。
質のいい金を使っている。
「驚いた。さすが金の産出国だけの事はある。金をふんだんに使っている。」
運ばれてきたコーヒーを飲みながらジャンはこの王国について説明を始めた。
「この王国はもちろん王制だ。ここの王様もフランスとの現在の関係を変更したくない。中世のままの王制を続けたいのだ。フランスと関係を続ける限りフランスはこの国を保護していく。この国の王室は永遠に守られる。」
ジャンはこの王国がいつまでも現在の状態を続けていくと説明をした。
「という事は、フランスはこの国から産出される金(きん)をすべて奪い取るわけだ。」
エリックは皮肉を言った。
「奪うとは人聞きが悪い。税金を金(きん)でもらうだけだ。その代わりフランスはこの国がどこの国にも侵略されないように保護している。この森の周囲に農家があり農民が畑で仕事をしていただろう?」
「ああ、そういえば農家があったな。農民もいた。」
エリックは途中の光景を思い出した。
「あの農民は全部フランス軍の特殊部隊だ。不審者が近づくと即座に逮捕する。誰もこの王国には近づけない。」
ジャンは森、つまり王国の周辺警備の完璧さを自慢した。
「なるほど、それでどこの国もこの王国のことを知らないわけだ。」
エリックは感心した。
同時に内心何とかしてこの王国と貿易して巨万の富を得る事が出来ないかと考えた。
なにしろこのカフェの金の輝きはすごい。非常に質がいい。
「さて、行こうか、」
ジャンは店の外に出た。エリックも続いた。
通りは車がなく人が歩いているだけだ。人は多い。
のんびりしたものだ。
二人が歩いていると一人の少女というか女の子が近づいて来た。
「おじさん、花を買ってください。」
少女は花かごを二人の前に差した・・・・・・・・・・・・
※この続きは別頁でご覧ください。
2008.2.3.
◇著作権が存在します。
◇この物語の初掲載は2008.1.14.ですが、
物語の完成は2001年です。
◇この王国の事はフランスの国家機密です。
ほかの人には教えないで下さい。
もし漏らすとナポレオン法典により罰せられます。
2008.1.14. ナポレオン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◇◇◇下記は新作です。短編です。
「いたずら雲さん」
ロバート・ランブン
ある日いたずら雲さんが子供を見つけた。
子供はおいしそうなお菓子を持っている。
大切そうにしっかりと持っている。
雲は子供に微笑みながらささやいた。
「ね、君、小石を僕に投げてごらん、」
子供は言われたとおりに小石を雲に投げた。
小石は三個になって落ちてきた。
子供はすごいと喜んだ。
雲はまた言った。
「お菓子を僕に投げてごらん、」
子供は喜んでお菓子を雲に投げた。
雲はお菓子を受け取るとさーっといなくなりました。
おしまい
2008.1.21.
◇短編ですが、著作権が存在します。
◇著作権者の許可を得て掲載しています。
2008.1.29. ナポレオン
◇次の小説は甲子園を目指した少年の涙と激痛の物語です。
あらすじです。
「涙のフォークボール」
中島茂雄
町坂は地方の高校一年生だ
甲子園を目指して頑張っている。
投手だ。
とはいっても控えだ。三番手だ。
連日猛練習でくたくただ。
先輩や監督からしごかれてばかりだ。
野球部だというのになぜか監督はいつも竹刀を持っている。
剣道の精神を野球にいかすのだ。
と監督は言っている。
大きなうそだ。
町坂がエラーをした時にお尻を叩くためだ。
今日は隣町のチームと練習試合だ。
そのチームは毎年甲子園に出場する強豪だ・・・・・
※この続きは別の頁に有ります。
そちらをご覧ください。
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それほど多くの人がこの小説「竜馬がくる~桂浜編」、竜馬小論を読んでいるのです。
「竜馬と小説と歴史のブログ」編集長 ナポレオン
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